【2014】

 凄い凄いご無沙汰で大変大変失礼しております。
皆さまお元気ですか?
新年入り2月半ば過ぎましたが、如何お過ごしですか?
本年もどうぞ宜しくお願い致します☆
 前回写真、新聞を呼んでいる悠人の左横にお爺ちゃん(大奈父)がいます。
父は、昨年6/10の10:10に息を引き取りました。
昨年2月には、残り3ヶ月最後の事を考えて・・・、それまでもいつどうなるか心配しながら、でもかすかな望みはありました。その思いは一気に遠くなり、それから、父が亡くなった後も暫くボーッ・・・。
目の前の仕事、そして甘えてくる悠人の存在がなかったら、鬱になっていたかも知れません。
それほど、父の存在は私にとって大きかったのです。
今も信じられません。
 父の癌が分かってから三年半、結婚ー大学院入学ー妊娠出産ー大学院卒業、とありましたが、やはり悠人の存在は父にも大きかったです。
最後一緒に住んでる中、来週から入院、もう病院から戻れないかも知れないと父自身が最期を感じた時、ベットに悠人座らせたら、お爺ちゃんに顔をベタッと近づけニコニコッ。父は、悠人の手を握り「ありがとう、ずっと一緒にいたいな〜」と涙を流しておりました。
最後、病院で先生から本人に治療出来ない状態と最後望む場所は?とお話しをされた時、父が目をつむり顔を斜め上にして、「病院にいても良くならないのなら最後は家族の絆の中で過ごしたい」とゆっくり低い声で言いました。
それから、階段を降りるように悪くなっていきましたが、本人も帰りたい一心で頑張りギリギリ家に戻す事ができました。
家に帰った時、泣いて「嬉しい」と・・・。帰ってからは丁度1週間でしたが、最期、家で家族で看取る事ができ良かったです。
悠人の声のする方に手を伸ばし静かに穏やかに息を引き取りました。
目を閉じた父の顔に私は自分の顔をくっつけ「ありがとう、好きやで、好きやで」と泣き叫びました。
テレビでよくみる光景、手を取り合い涙流しながら話し・・・なんて、実際そんなものではなかったです。
父のいない所で涙した事は病院内や寝床で多々ありますが、父の前で一度も私は泣けなかった。涙一粒も出せなかったです。ギリギリまで普通に変わらない口調でしか話せなかったです。
父が亡くなる事を最後の最期まで認めたくなかったからかと思います。
父が二度夢に出てきました。カラーで声も聞けて。
私の一番父と接してた話してた一番父を好きだった時の父の顔です。
大切な命を授かり、また、大切な命を亡くして、感じるものがあります。
生ききる人生をと思います。父の病気に対する、また、生きようとする気力は凄かったです。父を誇りに思います。
いきなりの私事話しで2014始まりスミマセン。
 今を大切に。皆さまにとって素晴らしい2014年になりますように☆
これからも宜しくお願い致しますヽ(^o^)丿